演出ノート:
金子さんに精神的な転機が訪れるのは、同僚の小林の死からである。小林の死を聞いた直後、金子さんの脳裏に一本の蒸気機関車が走る。蒸気機関車は、金子さんにとって、生きたいという思いの象徴であり、また、地獄に多くの人たちを置き去りにしてきた、生き残った負い目のシンボルでもある。そのことを、彼は小林の死の直後に自覚する。
そして、闘病生活が終わり医者を訪ねた時に、最大の転機が訪れる。それは、小林の声が脳裏に響くところに訪れる。つまり、自分が置き去りにしてきた人びと、原爆で死んだ人びとが、小林という顔をもったのである。その無数の小林のために語れるのは、被爆した自分しかないと思うのである。
こうして、金子さんは自分の運命を受け入れ、罪(の意識)をあがなう。 |
台本を読み込んでいく中で色々とアイデアを膨らませていくワケですが、実際、音の素材を用意する間にも面白いアイデアが浮かんできます。素材の音に刺激されることで新たなイメージが浮かんでくるのです。例えばこんなト書きがあります。
《原爆投下直後に“黒い雨”が降った。》
さて“黒い雨”とは、どんな音なんでしょう?雨の音も色々ありますね。想像するに【にわか雨】や【夕立】の情況に近い感じがします。膨大な音資料の中からそれに近いモノをいくつかピックアップしていく。“黒い雨”というのはあくまで視覚的なものであって、聴覚上は何が黒くてどう違うのかなんて分かるわけがない。台本の台詞の中に「突き刺すように痛い!」というのがある。私はここに注目した。原爆の高熱で焼けただれた皮膚は普通の人の何百倍も敏感なはずだ。つまり、人の体に雨が激しく打ち付けられる方がイメージが強調されるのではないか?ということに着目していきます。
音楽についてもふれておきましょう。打ち合わせの段階で劇伴(ドラマの中などで心情に訴えかけるようにかかる音楽)は殆ど使わない事になっていましたが、冒頭のナレーションだけは必要だろうといわれていた。しかし今回は、あくまで劇伴を一切使用したくなかった。もともとミュージシャンを志していた私は、人一倍音楽に関しては神経を尖らせる。中途半端に音楽を使いたくないのである。
劇伴を使わないとは言っても音楽を一切使わないわけではない。街の中やラジオから聞こえてくる軍歌や流行歌によって時代や世相を反映させたりしたい。「愛国行進曲」「ラバウル小唄」「勝利の日まで」等にみられる戦意高揚音楽。「リンゴの唄」 「カムカムエブリボディ」「東京の花売り娘」「かなしき竹笛」「なくな小鳩よ」等の 昭和21年の流行歌が候補にあがった。
更に台本上には指定されていない音も考えていかなければならない。昭和21年頃、ラジオから流れてくるモノは音楽ばかりではないだろう。例えば、【尋ね人】の放送などもあったはずである。膨大な音資料を探しているうちに、「あった!」実際の物か以前ドラマで使用した物かまでは分からないが、シーンの時間経過をあらわし、時代の流れを感じさせるのに使えそうである。
今回の『太陽が落ちた』というドラマはサブタイトルが《〜ヒロシマ原爆逃避行〜》というだけあって、原爆投下直後の広島からの脱出がストーリーの核となっている。爆心地から400メートルほどの距離から山口までの道のりはどうやって描かれていくのか。
台本が掲載出来ないので説明しづらいのだが、爆心地から汽車に拾われるまでは歩きである。一体どのくらいの距離を歩いたのだろうか?証言によれば、約15キロだそうだが被爆した情況から考えるととんでもない距離である。
途中からは線路づたいに歩いていくシーンが展開されていくのだが、線路の砂利の上を歩く音を使うことにした。
原爆の高熱で線路は曲がりくねり、枕木もやけ焦げてしまっている。多分、砂利自体も焼けこげてしまったであろうに、よく、歩いたものである。
写真は砂利道用にセッティングされた生音道具だ。普段、我々が使っている砂利道用の小石で収録した音では線路の砂利の音がしない。『音を作る』という我々のバイブルにもなっている本のように、何か別のもので表現しようと思って色々試すが上手くいかない。結局、本物を使うのが最良であろう(本当にそうかはわからない)ということになり、現在廃止になっている路線の跡地から少々石を拝借してきた。
助手の大野まゆみと助っ人の細見浩三が、ああでもないこうでもないと試していくうちに、結構、雰囲気が出てきた。足音はただ足踏みしても足踏みにしか聞こえない。足踏みするのだが足音に聞こえなければ駄目なのだ。試行錯誤の末にあるコツを掴んだのだが、それを持続させるのが大変である。細見が汗だくになって音を演じてくれた。
次は機関車の音である。機関車の音を市販のライブラリーから使用することは我々のプライドが許さない。井田さんからありがたく頂戴した、「さらば蒸気機関車」(だったっけ?)というLPも聴いてはみたが使わなかった(井田さんゴメンナサイ)。
市販のモノは決して使わない等と偉そうに言ってみても、音の素材がなければ話にならない。我々が所持しているライブラリーとNHKの昔の資料を合わせて作っていくことにする。NHKの資料室には現在では全くと言っていいほど使われていない、通称【ビニコード】なるレコードが奥深くに眠っている。そのままではとても使えたものではないが、工夫をすればなんとかなるだろう。
プレーヤーで聴いてみると、スクラッチノイズが凄まじくてとても使えるシロモノでは無い。そこで裏技を使うことにする。レコードの上に水で薄い層を作り、レコード針を浮かせることによってスクラッチを軽減させるのだ。
上の写真を見てもらえばお解りになるかと思うが、単にレコード盤の上に水をのせただけでは、回転するターンテーブルの遠心力で水が外側に逃げていってしまう。だから、薄い布のようなモノで絶えず水を馴らしてやらなければならず、この作業だけで半日かかってしまった。こうやって6mmに録音した素材を加工していくのである。
|