本読み
通常、オーディオドラマの作成手順は、本読みから完プロ(完成プロダクト?)まで一連の流れで行われるのだが、役者さん達のスケジュールの都合で台詞を収録してから2週間ほど間をあけて作成する、変則的なスケジュールになった。

本読みは大体リハーサルルームで行う。よくある会議室のようにテーブルを囲んで行うわけだ。部屋の側面の壁一面が鏡になっているのも特徴的だ。とは言っても天井が鏡バリのアレとは違う。どうでもいいようなことかもしれないが、この世界を全く知らない人にはひょっとして新鮮かもしれない。

リハーサルルームにポツリポツリと役者陣がやって来た。

地元の役者さん達である。いつも元気いっぱいに、
「おはようございます!」
と現れる姿を眺めつつよく思うことがある。 
 
福岡は支店経済という性格上からか、文化圏としての機能を果たし切れていないような気がする。そんな中ででも、地元の役者陣は孤軍奮闘して頑張っているのだから頼もしい限りである。とは言っても活躍の場所が少なすぎるのは致し方ないのだろうか・・。金銭的なコストを考えても、オーディオドラマはTVや映画程高くないのだから、もっと世間にアピールして受け入れてもらうべきだと思う。

話が脱線してしまったようなので本線に切り替えよう。

ディレクター田中が、取り留めのない会話で何気に和やかなムードを作りだそうとしているのだが、声が少々うわずっているため、聞いていてこっちが吹き出しそうになる。作家の井田敏氏は久々の大作とあってニコニコ顔だ。

集合時間に少し遅れて主役の原田大二郎さんとマネージャーの伊藤さんが到着。この「少し遅れてくる」というところがミソだ。宮本武蔵の心境なのか、やはり役者が一枚上ということなのだろう・・。原田さんはTVの中で観ていたイメージ通りの人で気さくで爽やかだ。しかし、主役の登場で地元役者陣に緊張感がみなぎった。 

張りつめた空気の中、本読みは始まった。

本読みとは読んで字のごとく「本」を読むことである。この「本」とは「台本」のことだ。つまり役者が演出スタッフを交えて台本の読み合わせを行うのだ。

今回の舞台は広島がメインだが被爆した二人の人物は山口の熊毛出身である。方言指導の武部忠夫さんの適切な指示が台本の至る箇所でなされた。

スタッフの女の子がコーヒーとお茶を準備し、誰が食べるんだろう(と言いながら自分でもよく食べる)?と、いつも思ってしまうチョコレートやあめ玉が用意されている。そういえば、原田さんはチョコレートがエネルギーの源だと言っていた。

しばらくは、いつものラジオドラマの様に軽快に進んでいった。山口県の熊毛出身である原田大二郎さんにとって、方言はお手のものだ。地元の人間の体験がベースになっているだけに原田さんも並々ならぬ思いがあるのだろう。左の写真でご覧のように、本読みの時点からビシビシ熱いモノを発散させている!

何度目かの読み合わせを終えた頃に、演出の田中が突如こんなことを言いだした。

「原田さん、綿を口に入れてやりましょう」
「綿?」
「ええ・・」
「綿って、なんで?」
「原爆にですね、被爆した人は体中焼けただれて、口の中もまともな状態じゃ無いと思うんですよ。リアリィティを出すためにそうした方がいいんじゃないかと思って・・」

確かにディレクターの言っていることはわからないでもない。被爆直後の人間がまともに喋ることは出来ないだろう。音から発想する感覚は悪くないと思った。しかし、 

「確かに君の言うリアリズムで考えればそうかもしれない。ただ、役者ってえのはね、綿を詰めなくてもそれらしい芝居をするもんなんだよ。とりあえず両方ともやってみて、どうしてもっていうのであれば綿を詰めてやるっていうのでどうかな、田中ちゃん?」 
「あ、それで、お願いできますか?」 
「ああ、全然構わないよ!」

さすがに原田さんにも役者魂がある。ディレクターの無理な要求をイヤがるでもなくサラリとかわす。「粋」を感じたひとこまだった。