打ち合わせ
本読みまで数日、ディレクター田中は『ゆだ苑』からお借りした証言テープの編集に没頭していた。その編集の合間を縫って、原爆についてもっと突っ込んだ資料はないものかと田中と思案を重ねていた。

今回のドラマは、ドラマだけの純度100%のものとは少し違う。証言テープの中身をベースにそれをドラマで再現しようというものである。世に言う【ドキュラマ(ドキュメンタリー・ドラマ)】である。とは言っても、ドラマ部分が単なる再現シーンに留まってしまうと空間におけるある種のダイナミズムが失われてしまう。聴き手は常にストーリーの進行に意識を置いているもので唐突に証言が入ってくると、「な、なんだ?」となってしまう。

作家の井田さんは、「証言もドラマの中の要素の一つとしてとらえておけば問題は無い。これは純然たるドラマなのだよ」と言う。言っていることはよく分かる。そういった意味では逆もまた然りだ。ドキュメンタリーの再現シーン(証言だけでは伝わりきれない細部を描く)としてドラマが成立する事で、時代背景と人間の生き様を普遍的に描くことは可能なのだから。

しかし、理屈ではわかるがそれを具体化するためにはかなり知恵を絞らないといけない。頭が痛い・・。事前に頼んでおいた、NHK広島放送局からの資料が送られてきたので事務所で打ち合わせとなった。

映画“原爆の子”とラジオドキュメンタリー“幻の声”を観聴きした。

当たり前のことかもしれないが、やはり重い・・・。“幻の声”の方はまだよかった。何と言っても“原爆の子”が恐ろしい!昭和26年あたりの作品のうえに、全編にわたって当時の広島が映し出される。その上に被爆した老人の凄まじい生き様(老人は役者ですが)が描かれているため我々は観ていて遂に真っ黒になってしまった。

「どうやって演出すればいいんだあ?」 
「重すぎるぜ・・」 
「もう勘弁してくれ」

はっきり言うが、決していい加減なスタンスで番組にのぞんでいたわけではない。

戦争や原爆のことにしても番組で何度も作成に携わっている分、ごく普通の若者より知っていたつもりだ(あくまでつもりですけど・・)。しかし、真面目に取り組めば取り組むほど凄まじいのだ。辛いのだ。とにかく辛いのである。観ていられないのだ・・・。

しかし・・しかしである。そうも言ってはいられない。とにもかくにも前へ進まなければ何も始まらない。

この事実を出来るだけ忠実に再現しなければ、失われつつある証言を伝え残すことが出来ないのだ。真面目に言えばそういうことだが・・正直言って「勘弁してくれ!」といったところが本音であった。

悪戦苦闘の日々が始まった。

出きる限り事実に忠実なモノを創りたい。そこで、私と田中は台本上の情報からイメージ出来る【時代背景】等の検証に入ることにした。

ドラマのオープニングは原爆投下直前の広島駅。8月6日の8時前である。まず、当時の駅の模様がよくわからない。資料映像がないか東京に問い合わせる。そして、広島駅のホームでアナウンスがおこなわれていたのか?いわゆる、「ひろしま〜、ひろしま〜」というヤツだ。

汽車の形状も調べなければならない。DタイプのものかCタイプのものかで警笛の音がまるで違うのだ。DタイプとはD-51(デゴイチ)等に代表される本線を走る汽車である。CタイプはC-11等のローカル線を走る汽車のことである。

実際に音で聴き比べてみよう!
D-51の汽笛 ┃ C-11の汽笛

音を聴くためにはreal playerが必要です。右のバナーをクリックするとダウンロードのサイトに直行出来ます。

台本の中にこういうくだりがある。「本線経由門司行き」。昭和20年8月頃、岩国〜徳山間(岩徳線)が山陽本線だったのかローカル線だったのか?大阪の交通博物館に問い合わせてもハッキリとした答えがかえってこない。更に広島駅や多方面に調査がおよんでいった。