『音響効果』。通称、「効果マン」「効果さん」「音効さん」と業界内では呼ばれています。
英語では“Sound Creater”“Sound Design”“Sound Effect Man”等と呼ばれていますが、このコーナーではハリウッドで主流となっている“Sound Editor”(サウンド・エディター)という呼称で統一して話を進めます。意味はまさに読んで字の如く、「音響=響きわたる音」で「効果=目的通りの結果」を得る。英語の方は「Sound=音、音響。」を「Edit=編集>Editor=編集者」するといったところでしょう。 

音を作るという行為を具体的に記していきます。最近、主流となっているはシンセサイザーをマニュピレートしたりサンプラーを駆使してイメージ音を作っていく制作手法です。テレビゲーム等の効果音は殆どそうです。この辺の話は、つっこむとやや専門的になりすぎるのでこの章ではやめておきます。(すでに謎の用語が連発していると思った人もいるでしょう) 

我々の業界で、俗に言う【ナマ音】について述べたいと思います。【ナマ音】、『ナマイキな音』じゃありません。ナマは生のことで、スタジオで実際にいろんな小道具を使って音を作ることです。 

映画を見ていると俳優が実にいい音で歩いたり走ったりしていますね。あの足音、効果マンの足音なんです。俗に“Foley”と呼ばれる生音専門の効果マンが担当しているのです。映画のエンドクレジットを意識して見て下さい。“Foley”という文字が必ず出てきますよ。で、やり方なんですが、スタジオに用意されたコンクリートの上を歩き直すわけです。大体、道路脇の側溝にあるコンクリートのプレートのようなものだと思って下さい。その上を足踏みして足音を作ります。簡単に書いていますがこれが生音の中でもっとも難易度の高い技だと思います。足音10年などと言われるように、未だに満足いく足音は作れません。 

例えば、塗れ雑巾に熱したハンダこてを押しつけると『ジュ〜ッ』という音がします。これを上手にこなせば【焼き肉の『ジュージュー』音】になります。ハンカチの端の方を持って、小気味よく『バタバタ』させながらマイクの前を通過させると【ハトの飛び立つ音】。テープレコーダーのテープを山のように解して、『さわさわ』とやれば【草木がなびく音】。キャベツや白菜などを錐やアイスピックで突き刺すと【人を刺す音】等々。知らない人がそれを見たら、
「何やってるんだこの人たち??」
と挙動不審者に見られてしまうことでしょう。

とにかく、実例をあげてみましょう。弊社の細見浩三が初めてFMステレオラジオドラマを担当した時の話です。現在、細見は東京の第一線で活躍していますが、当時は入社2〜3年目で九州は福岡に勤務していました。NHKの“FMシアター”という番組です。 

え〜っとですね、たしか・・宮本武蔵が主人公のオーディオドラマを担当しました。武蔵といっても大河ドラマのような話じゃなく、ファンタジックなお話でしたが・・『武蔵のたんこぶ』とかいうタイトルだったと思います。丁度、宮本武蔵が命を狙われる緊迫したシーンを作っていた時のことです。その危機を逃れるために自分の刀の握りの部分(グリップ)に隠し持った『小柄(こづか)』(小刀ほどの手裏剣)を相手めがけてとっさに投げるという場面でした。 

その時のディレクターは是非とも『小柄』の飛ぶ音が必要だと言いだします。

「細見ちゃ〜ん、ここは台詞だけじゃもたねぇだろ?やっぱ、必殺みたくよ〜、すげぇの付けてくれよ〜。」 
「必殺・・ですか?」 
「そうだよ。ヒッサツだよ、ヒッサツ・・・へへへ。」 
「・・・・(大汗)」 

九州は福岡の放送局で時代劇をやるなんてことは滅多にありません。

「必殺なんて・・言うは易しだよな・・・。」

たしかに、当時23歳の細見には少々荷が重かったかもしれません。最近でこそ市販の効果音CD等で色々な効果音が簡単に手に入りますが、当時は殆どそんなものは存在しませんでしたから作るしかなかった訳です。技術の習得とはトライ&エラーの繰り返し、何かを具体的にやってみないと次へは進めません!

台本に書かれた『小柄』なる物体が一体何なのか?そして、『小柄』なる物体が飛ぶときに実際にどんな音がするのか?細見はまず、それを確かめることにしました。日本刀等をコレクションしているマニアックな人を探しだし、実際にスタジオで『小柄』を投げてもらうことにしました。コレクターの方に的(まと)となる板をめがけて素早い動きで『小柄』を投げてもらいます。 

「おお〜、凄い迫力だあ。やっぱり本物は違うなあ。」

至近距離で見れば凄い迫力です。しかし、そこには『小柄』の飛んでいく音は存在しません。的となる板に『小柄』が当たった「トンッ」という軽い音を残すだけです。

「あれじゃ駄目っすかね?」
「へへへ・・細見ちゃん、だ〜めだよあんなんじゃ。すげぇの用意してくれよ、すげ〜の。」
「はあ・・・。」
 
・・その日は思った音が録れず、スタジオで一人途方に暮れていました。

「あ〜あ・・どうすりゃいいんだろ。いっそ、自分で『シュバッ!』とか言っちゃおっかなあ〜・・・。」

そんな時、小包が届きました。それは次の仕事の台本とVTRでした・・。

「今やってる番組が終わってないのにそれどころじゃないよ!」

と、ややふてくされて乱暴に小包を開けたとき・・・、封を閉じてあるガムテープが『ビブシュ!』と凄い音を立てたのです。
 
「!!・・・こ、これだ!!!」

早速、スタジオにマイクを3本、左側,真ん中,右側と並べ、左側のマイクから順に真ん中,右側とマイクの前を通過するようにガムテープの端を持ったまま投げてみました。すると、

『ビャブシューーー!』

左から右へ音が勢いよく飛んでいきました。
「やったー!」
この音を素材にして、色々な音を6mmテープにミックスして『小柄』の飛ぶイメージ音を完成させました。次の日ディレクターに聞かせたところ、

「へへへへ。細見ちゃん、大オッケーだよ!!」
 
満足げに顔をクシャクシャにするディレクターの顔を見てゲラゲラと笑い出す・・じゃなくて、ホッとする細見でありました。

ラジオは音だけの世界です。音で聞く者を驚かせたり、ワクワクさせたり、感じさせなければいけません。役者の台詞と他の効果音でリアルな動きを表現し、実際には聞こえないはずの『小柄』が飛ぶ音を付け加え、迫力を増すことで、そのシーンに圧倒的な臨場感を与える事が出来ました。 

セリフだけでは迫力に欠けていたシーンをイキイキと蘇らせ緊迫した空間を再現した。まさに、『音を編集して目的通りの結果を得た』一例であると思います。この様に実際には存在しないイメージの音を作りだし、それを付け加える作業を音響効果は行っているわけです。