小説「点と線」
あらすじ
この事件の謎は昭和32年、福岡市の香椎という小さな街の海岸で男女の死体が発見されたことから始まる。亡くなった男の方は官僚、女は料亭の女中。地元警察はこの2人を服毒による心中と断定し、事件は解決したかに思えたが、一人の老刑事 鳥飼重太郎はこの男女の死に疑問を持った。それは死んだ男の所持品の中に“お一人様”と、書かれた列車車内食堂の領収書があったことからだ。「東京から2人できたはずなのになぜ“二人”ではなく“お一人様”なのか?この男女は本当に心中なのか?」という疑問からストーリーが展開していく。

当時、死亡した官僚の男の部署に、汚職の疑惑がもたれていた。汚職と心中の関係を調べるため、東京警視庁より若い刑事 三原紀一が福岡に送られた。こうして地元老刑事鳥飼と若手刑事三原がこの事件に乗り出したのだが、二人に早速大きな壁が待ち受けていた。

心中説を有力にする目撃証言が出たのだ。事件当日、香椎の駅前を男女が歩いていたというもの、更には東京駅で停車中の、博多行き夜行列車あさかぜに二人が乗っていたというのも目撃されていた。だが三原は、奇妙なことに気付いたのだ。

東京駅で目撃された博多行きの夜行列車は15番ホームに停車していた。目撃者は13番ホームから二人を見たというのだが、この2つのホームの間にはひっきりなしに列車が行き交い、見通すことが難しかしいということだ。三原は調べていくうちに1日の内で17時57分から18時01分までの4分間。たった4分間だけ見通すことのできる時間があることに気付いた。三原は「意図的に目撃者をつくりあげた奴がいる」と、推理したのだ。

そして浮上してきたのが、機械工具商の安田という人物だった。安田は汚職疑惑のある省庁の出入り業者だった。三原は安田に疑惑の影を追うのだが、調べれば調べるほど安田のアリバイは完璧であった。心中事件のあった日、安田はなんと北海道に出張しているのだ。しかし周到な安田のアリバイも三原の執念によって、もろく崩れたのだ。

ある日、三原が何気なく立ち寄った喫茶店でのことだ。偶然入り口で一緒に入った見ず知らずの女性と、二人連れの客だと店員に勘違いされたのだ。この時三原に事件の全てが見えた。

「目撃された男女は、本当に心中した男女だったのか?」

三原は事件の核心に迫っていく。そして判ったことは、心中だと思われていた男は、官僚汚職の口封じの犠牲者だったのだ。一方女は、安田の行き付けの料亭の女中で、安田の愛人でもあった。また、犯人は安田一人ではなく共犯者がいることも判った。それは鎌倉で病に伏していた安田の妻であった。偽装心中はこの夫婦によってつくられたものだったのだ。病気の妻は、出張の多い夫 安田の時刻表を眺め遠い地に思いを馳せていた。夫に愛人がいる事を認めながらも憎悪に膨れ上がっていた妻は、時刻表を使った犯罪を計画したのだった。

しかし、事件は詳細の真相が判らないまま、安田夫婦の心中によりあっけない結末を迎えたのだ。

最後に三原から鳥飼に宛てた手紙で小説は終わる。

『なんとも後味の悪い事件でした。ほっとした気持ちでくつろいでいても、すっきりしないのです。・・・』
BACK TO INDEX / POINT / LINE